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2011年5月7日土曜日

被災地写真: 気仙沼震災直後

p11-03-20R 052のコピー
初めて気仙沼の町に足を踏み入れたのが3.18。
みなさんから預かった支援金をファントムゲートに届けるつもりが、その場のノリで気仙沼に行くことになり
自分の食べる食料やガソリンなどをクルマに積み込み、もう一台のハイエースと一緒に、
災害指定道路として全面封鎖されていた東北道を緊急車両登録して北上、夜中の2時に気仙沼に到着、その時
おれが初めて見た震災後の気仙沼のメインストリートが、この写真でした。

あたりは停電しているために真っ暗。本当に闇。長いトンネルの中も真っ暗。信号も街灯の明かりもどこにもない。
道の両脇の至る所にクルマがひっくり返って、その後ろに見えるパトカーの赤いサイレン。
治安が悪くなっていることがおれの鳥肌センサーでわかる。

商店の窓ガラスはすべて割れていて、その中にクルマが突っ込んであったり、もうなにもかもが
初めてみるすさまじい光景。
歩道も車道も砂でまみれて境界線がわからないぐらい同じ色をしていたのにも驚いた。
ヘッドライトに明かりに浮かび上がるのは、あたり一面泥の色。

ここは一体、、、日本なのか?これが「災害」なんだ。。。

呆然となりながらも目の前の現実を自分で受け止めなければならなく、数分もの間、クルマを走らせながら
おれの口から発する「音」は、アー、とか、ウー、とかしかなかった。

「震災直後」とおれがいっても、この時すでに1週間は経っている。
本当に「震災直後」、住む家を無くした被災者の方たちはこの闇の中、着の身着のままで右往左往していたと思うと
身震いする。どんだけ恐ろしかったことか。。。

この光景を見たショックでおれの頭は一気に白痴化した。
この日の夜のこの光景は、一生忘れられない。




p11-03-20x 081のコピー
この日の救援活動を終え、タクヤくんを仙台で降ろし、ひとりで東北道を走っていたときに
SxTxUのリーダーである成田先輩から電話が。

「もとやんくん、東北の人間のために、ありがとう。」

無事に任務を終えた安堵感で、一気に気が緩んだところに
おれの尊敬する先輩からの労いの言葉をいただいたとたん、目から汁が溢れ出し、しばらく止まらなくなった。
この涙は、これから何度もこの地に来なければならない決意の涙だったのかもしれない。