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2011年3月28日月曜日

石巻断念からの北茨城 / NFK JOYTOYの日記

石巻断念からの北茨城   /  NFK  JOYTOYの日記 mixiより


やっと行くことができました。
今回のこの東北関東大震災への物資支援。

出発時点の目的地は、宮城県石巻市!
今回のメンバーはもとやんくん、団長、そんでおれの3人。
救援物資は
飲み物(水が無いのでお茶、豆乳飲料、スポーツドリンク、野菜ジュース、牛乳)
おかし(チョコや子供用のおかし)
生理用ナプキン
ゴミ袋
ホカロン
マスク
などなど10万円ちょい

車は団長が借りてきてくれたレンタカー!

物資の買い出しが終わって出発!!!いざ、石巻へ!!!

とりあえず、東北道で北へ爆走!!!
福島あたりからやや雪が降ってきて、宮城に入るころにはけっこう降ってたような気がする。
雪が降ってる場所は団長に運転してもろたんですが、これがまた東北出身っちゅーだけあってなんという安定感w
しかもタフだねカレは!!!


んで、今回のターニングポイントとなる菅生PAに到着。




ここで、なぜかガソスタのガードマンのおっさんがおれらの車を列に並ばせてくれなかった。。。なんでや?これは今でも納得いかないポイント。。。まぢあのおやじファック!!!

そんで、並びなおそうとしたがこれもムリ。。。もう列がすんごいことになっとる。。。

この時点でガスを入れなきゃいけないことをおれは知らなかった。
菅生PAでガスを入れなければ今回の石巻に救援物資を届けるミッションが遂行出来ないことを。。。悔やまれるなー。。。

ここで、もとやんくんの提案で先の長者原PAに望みを託すことにして再出発!
もうこの時は車内で3人とも「たのむ~たのむ~まぢガソリンあってくれ~」と念仏のように唱えるカオスった状態でしたw
しかし、その祈りも届かず長者原のPAのガソスタは閉鎖中で、駐車場にはいつ来るかわからないタンクローリーを待つ車が大量に。。。

こりゃムリやー!
いったん高速下りて上り車線のPAを狙ってみることに。

上り車線の菅生PAのガソスタの明かりは消えて閉鎖中。。。
さきほどの反対車線のがソスタの明かりも消えた。。。

かなり状況が悪くなってきてる。。。下手すりゃガソリン難民になる!

ガードマンに聞いてみると、朝11時に来る予定になってるとのこと、、、しかしその予定も予定。
待つか、進むか?

もちろんいつ来るかわからんガソリンを待つことなんて出来ることなく、次の国見SAへ向かう。
国見SAもダメ。。。

次の安達太良ってとこに託すしかない!
ガソリンも残りわずか、下手すれば路肩でガス欠なんてことも考えられるこの状況。
そんな救援部隊が救援されるなんて最悪のパターンになりかねん。。。
この時、車内では誰に助けに来てもらうか真剣に考えてたぐらいw

吹雪の中を絶妙なアクセルワークとハンドリングで燃費走行する団長のおかげでなんとか安達太良SAに到着!!!
しっかし、すんげー車並んでる。。。でも、緊急車両ってことでその列をすっ飛ばし、2000円の上限もなしにしてもらって満タン給油完了!!!

おっしゃあああああああああああああああ!!!

もう、石巻には行けないけど、困ってるヒトがいるとこにとにかく行こう!!!
んで、どこや?どこや?困ってる人はどこや!!!???

自宅で待機してる嫁さんに電話、っと、同時にもとやんくんはなぼたに連絡!
状況を説明しつつ、次の目的地を決めるために調べてもらうことに。。。


出た答えは北茨城。
ここらあたりは報道はあまりされてないが地味に被害があるらしい。

東北道を南下して、那須塩原ICで降りて、国道461をひたすら進み海岸沿いに行くべ!!!





鉄橋を超え、いくつかの小さな山を越えると


そこで待ってたのは通行止めのバリケード。。。


コレもんの落石
こりゃ封鎖するわ

だからといって迂回してる場合じゃないので、突破する。



そこからまた走り続けること2時間。

海岸沿いを走り6号線にでると







古い木造家屋が崩れてる。。。
今まで報道されてた東北の被災地に比べたら規模は小さいが確実にここは被災してる!
そう思った。

車を停めて少し歩いてみると、被災してから2週間経過したということもあり、家財道具を歩道に出してる光景が広がっていた。

これが地震と津波の被害か。。。
無残な光景だった。。。


それでも、復興しようとしてる家族がいたので、声をかける。

水道が出なくて困ってるらしい。

今現在都内でもなぜか水が買えない状況なので、買ってきた物資の中からお茶や豆乳やチョコレートなどを大量に渡す。
小さい子供もいるようなので粉ミルクやおむつも渡す。
今回おれの中では小さな子供やそのお母さんに元気になってもらいてえと思ってたので大量に渡した。

もとやんくんの指示のもと団長とせっせと運んでると、もとやんくんがジャージの女の子をナンパしてきたので、その子にも物資を。


最初はちょっとおれらの見た目のせいか怪訝な表情だったけど、食べ物や飲み物を渡してがんばろうね!って声かけるとすこしだけ笑顔になった。
そんで、今回は女性用の生理ナプキンとかも持ってきたから渡す。

物資を渡しながらここらの情報を聞いてみると、ここより北の港の被害がでかいらしい。

おし、もっと北上しよう。





っと、少し進むと、また子供のいる家族を発見。
小さい女の子だったけれど、もうおむつは必要ないかな?と思いつつ聞いてみる。

っと「この震災のショックでまたお漏らししちゃうんです。。。」
聞いてよかった!
それならば、と大きめのおむつを渡す。

やっぱり子供ながらにショックはでかいんだな。大人にはある程度我慢してもらってでも、子供のケアをしてあげたい。

おかしは団長に任せ、おしりふきなども大量に渡した。

小さい女の子二人にたくさんおかしをあげて、またがんばりましょう!って声掛けた。



この地区はこれで終了。


大津港を目指す。









ここらあたりもひどい状況だった。
当然のごとく家屋は倒壊し、津波のせいでありえない場所に車があった。



残りの物資を渡すべく避難所となっている市役所の体育館に向かう。

とりあえず中に入って見る。
その一角におじいちゃんおばあちゃん、若夫婦とその二人のちいさな娘がいた。



東京から物資持って来たんで必要なもの選んで持ってってくだせえ!
っつーことで、出てきてもらい必要なものを選んでもらう。




食べ物や飲み物、日用品、とにかく渡す。
この物資によって多少でも不安が取り除ければ、元気になってくれれば、、、
子供にはまたいっぱいお菓子あげた。
これで少しでも元気になってくれ!!!


玄関に白いワンちゃんがいた。。。ゴメン今回は犬用のエサは持ってきてねえ。。。
次回行く時は持っていこう!


最後にこの上にある市役所へ。

裏手にまわり車から残りの物資を降ろす。



自衛隊が大量のカレーを作ってた。

自衛隊⊿
まぢご苦労様です。


やっとすべての物資を渡して車が空になった。。。
この時点で3時ちょいってとこだったかな。

そのまま常磐道に乗りガソスタで緊急車両ということで100台オーバーのところをすっ飛ばし、上限規制もなく満タン給油。
その後はべた踏みで交代しながら帰路に着いた。


当初の石巻への救援を断念し、向かった北茨城。
おれらからみて、気仙沼や石巻など東北方面の被災地に比べれば北関東はまだ被害は小さいと思いがちだが、そこには確実に死者も出てるし、不明者も出てる。
それに今現在家もなく避難所で生活してるヒトもいた。

おれらが今回したことによって命が救えたとまでいかなくても、数人の人たちを少しでも笑顔にし、元気を出してもらうことが出来たとしたら今回のミッションはこれで成功だと思いたい。


最後に、今回のミッションで気がついたことは

ガソリンに対する危機感。
東北道が一般に開放されたことによる状況の変化。

これが今回のポイントだと思う。

あやうくガソリン難民だったからね、首の皮一枚つながったって感じだった。
相当な危機感をもって行動しないととんでもないことになるとこだった。


一番大事なのは、この活動をなるべく長く続けなければならないということ。



今回、おれにとって生まれて初めてのボランティア活動だった。
おれ自信にとって東北には縁もゆかりもないが、トモダチの家族は現地で被災されツライ思いをしてると思うと今回は動かなければ!と心の底から素直に思った。

といっても、少なからず東京にもこの震災の影響は出てる。
正直な話、家族を置いて被災地に行くことに全く抵抗がなかっというと嘘になる。
でも、震災の日からおれもなんかしなきゃ、おれに何が出来る?ともやもやしてた。
そこで、先発隊が被災地に行きそのレポート見た。
そこでおれの中ではもう行こうと決めてた。
今回、週末だったこともあり救援物資を運ぶことが出来てホント良かった。

またちかいうちに被災地に行こう!
今回ナビゲートしてくれたもとやんくん!レンタカーを調達して雪道運転がんばってくれた団長!ホントにありがとう。

またちかいうちに被災地に行こう!
おれらに出来ることはまだまだあるハズ!がんばろうぜ!!!

最後まで読んでいただきありがとうございます。