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2011年7月26日火曜日

お礼状: 気仙沼市立鹿折小学校のみなさんからの手紙



うちに帰ってくると、俺のパソの前に手紙が。
差出人様を見てみると、鹿折小学校とありました。




「臼井秀之様

略)本校は、気仙沼市においては被害の大きかった鹿折という地区に位置しています。学校は地域住民、保護者等の校舎建設運動や行政の御蔭で50年間の念願がようやく叶って、2010年12月に完成しました。
 しかしながら今回の大津波は校舎1階部分に1.4m浸水し、7~8cmのヘドロが一面に溜まりました。また、学区の半分以上が被災し、全壊で家がなくなたり、火災にあったり、1階部分や2階まで泥水が入ったりで、がれきの山になりました。そのため、半数以上の子供達が避難所や親戚の家などに避難しています。一部の子供達は仮設住宅に入ることがようやくできました。また、仕事を解雇されたり減額されたりしている保護者も結構おります。本校の教職員も4名が被災しました。私の家も土台を残して建物はすっかりなくなってしまいました。

 校舎は、教職員や地域の方々、保護者、児童が何日もかかってヘドロをかき出し、洗ってきれいにしました。6月中旬より1階で執務もしているところですが、ヘドロの被害を受けた机は洗っても拭いても、朝になると白く粉が吹いており、床もその通りで1階で執務した時の健康被害を心配しているところです。

 学校は2週間遅れで4月21日、平成23年度の始業式を迎えることができました。現在は、3ヶ月が過ぎ子供たちは不安を抱えながらも元気に学校生活や家庭生活、避難所生活を送っています。今のところカウンセリングの必要な子供も出てはおりません。子供たちの元気に励まされている毎日です。
 このような状況下において多大なるご支援をいただきとても助かりました。心より感謝申し上げます。子供たちも教職員もとても喜んでおりました。

 当校の子供たちには、皆様のご支援、激励に感謝するとともに、いつかは自分たちが皆様のような人の役に立つような人間になってほしいと話しております。また、大変悲しく残念ですが、3名の児童が犠牲となり尊い命が奪われてしまいました。また、3名の児童がまだ見つかっておりません。そこで、もっともっと生きて一緒に遊んだり勉強したりしたかった3名の分までも、自分の命も他人の命も大切大切にしてほしいと話しております。
 今後、皆様方の多くの励ましを心の糧としてゆっくりでも一歩ずつ確実に前に進んでいきたいと考えております。どうか今後とも鹿折小学校をお忘れになることなく何かとご支援賜れば幸いございます。どうぞよろしくお願いいたします。

 御礼が遅れましたことを心よりお詫び申し上げます。
末筆ながら、臼井様のますますのご発展とご健勝をお祈り申し上げ、御礼のごあいさつとさせていただきます。

   平成23年7月25日

   気仙沼市立鹿折小学校
      校 長    小野寺 徳茂


写真は、津波にあっても見事に花を咲かせてくれた学校の桜の花です。










 「私たちの鹿折小学校は、新築して完成したばかりでした。引越しをしてまだ3ヶ月、レモン色の校舎に緑色のラインが美しい校舎です。子供たちも私たち職員も、みんな、学校に来るのがうれしい毎日でした。
 卒業式を間近にし、1階の廊下の若草色の壁には、卒業祝いに在校生が花を作って飾ってありました。折り紙の花々は、そのまま残っていました。特別支援学級の黒板には「三月十一日」覚えた漢字で書いたよっちゃんの字が残っていました。
 1年生の教室も職員室もヘドロにうもれていました。子供たちの靴も鍵盤ハーモニカもお道具箱も、、、シャベルもはさみも、、、そして職員のUSBもみんなヘドロの中でした。金物の部分は、どれもみなさびついています。津波はまちがいなく海から、ここ鹿折まで来たのです。校庭には、伸二さんが植えたパンジーのプランターが散乱していました。
 子供らの靴や机や傘や、一つ一つを川で洗う作業が続きました。
卒業記念にもらうはずだったアルバム。六年生の女子二人でのし紙をはがしてかわかしていました。お祝いの英和辞典は泥水を吸ってふくれあがり、カバーがとれません。
 ヘドロの中からみつけた出席簿。洗ってふきとってかわかして、全部終わったら全部消えました。
 鹿折地区の佐藤良治さんご夫妻や梶原さんは、20個、30個、40個、毎日毎日おにぎりを持ってきてくださいました。地域のみなさんの温かさに、職員みな、がんばろうって思いました。そして、自衛隊の力をかりずに地域のみなさんと一緒にヘドロを出し終わることができました。
 卒業式。校長先生は作業着のジャンパーのまま証書を渡しました。「振り返らず前だけを見て」と言う言葉が胸に染みました。会場にいたみんなの希望の言葉になりました。

 この度の震災で、私たち気仙沼、そして鹿折小学校の学区は、津波と火災により、大きな大きな被害となり、鹿折小学校の多くの子供たちの家が無くなりました。落胆していた私たちの鹿折小学校に、皆様から、一つ、また一つとご支援の物資が届きました。
 家が流され、街が焼け、着の身着のまま避難した鹿折小の子供たちのことを思い、急いで集めてくださったであろう文房具、皆様のご家族の思い出が篭っているであろうお子さんのランドセルや衣類、駆け回って集めてくださったであろう靴やタオルや防寒着。皆様から届けていただいた段ボール箱は、どれも温かく熱くやさしさがいっぱいに詰め込んでありました。うれしかったです。そして、本当に助かりました。
 皆様からいただいたものは、教室に並べ、子供達が選んだり、家族が一緒に選んだり、担任がサイズや必要と思われるものを一緒に選んだりしました。
 家が無く、転校していくことになった子らのために、いただいた物資の中から、似合いそうな衣服を選ぶ1年生の担任。
 学校を去っていく子供のためにノートや靴を選んであげ、「がんばれ、負けるな」と肩を抱きしめる六年生の担任。
 家が流され、転校してきたYくんは、並んだ物資の中から鉛筆削りをみつけ、「お父さん、すげえ!」とさけびました。長靴をみつけたお父さんは「おおお、コザックの長靴だ!やったぁ!お母さんにはこの手提げ袋をもらうか!」
「お母さん、これ持って買い物行ったら何を買ってくるかなあ」
親子の大きな声があかりのともらない夕暮れの教室に響きました。
何もかも無くなってしまった子供達、そしてお母さんお父さんは、満たされた紙袋を大事にかかえて帰っていきました。選ぶ時の子供達の笑顔、その様子を見送る家族の安心した表情、みんなみんな、ご支援いただいた皆様の御蔭です。本当にありがとうございました。職員一同、心から感謝を申し上げます。」











学校に通うこどもたちが書いてくれたお手紙の数々。

ありがとう!





「ほら。りゅうくんが通ってる鹿小のこどもたちからのお手紙だよ。」とうちのコたちに見せました。





こんな、感謝の心の篭ったお手紙をいただきました。
それもこれも、我々SxTxUにカンパくださるみなさんのおかげであります。
こんなおれごときから、御礼を申し上げます。
ほんと、みなさん、SxTxUをサポートしてくださって、本当にありがとうございます。

うちにも子供3人おりまして、上のコふたりは小学校4年、3年、と、鹿小に通う子供達と変わらないので、
親の気持ちとしては、どうしても子供達のことを優先に考えてしまうのであります。

御礼を言ってもらいたいために物資を持っていってるわけではないのですが、
こうしてご丁寧にお礼状をいただくと、なんだか、とてもうれしい気持ちになります。
がしかし、なにかしてあげても御礼を言われないと腹が立つのもいっしょで、
「ありがとう」という言葉っていうのは、とても大事なんだな、とこの活動をしていて本当によく思いました。


p11-04-30R 140のコピー
 
そして、いつもお世話になっている鹿折のK原さん。
俺はこの方には、本当に心から感謝しておるのです。

今週末、また伺います!うちのコたち連れて!